その仕事、なんで引き受けたんだっけ?
「自分がやらないと、回らないから」
「後輩に任せるには、まだ荷が重いから」
「期待してもらってるのに、断れないから」
たぶん、どれも本当だと思う。
そして、どれもまっとうな理由だ。
でも、ちょっとだけ聞いてみたい。
その理由の中に、「やってみたいから」は入っていたかな?
「やらなきゃ」と「やりたい」は、何がちがう?
わたしたちが毎日動いている理由は、大きく2つに分けられる。
ひとつは、「やらなきゃ」。
迷惑をかけられない。期待を裏切れない。自分が抜けたら止まってしまう。
そんな気持ちから始まる動機だ。
もうひとつは、「やりたい」。
おもしろそう。役に立ちたい。こうなれたらうれしい。
心の内側から、ふっと湧いてくる動機だ。
どっちも、わたしたちをちゃんと動かしてくれる。
でも、長く続けたときに残るものが、まるで違う。
いちばん断れない「やらなきゃ」は、自分が出している
入社したてのころの「やらなきゃ」は、わかりやすかった。
上司に言われたから。怒られたくないから。
外から来るものだったから、「ほんとに必要かな」と疑うこともできた。
でも、今の「やらなきゃ」は、どこから来ているだろう。
「自分がやらないと」
「ここは自分が引き受けるべきだ」
これは、誰かに押しつけられたものじゃない。
あなたの責任感が、あなた自身に出しているものだ。
だから、やっかいなんだ。
自分の責任感は、立派すぎて疑えない。
消耗していることに気づけないまま、走り続けてしまう。
同じ時間でも、消耗の仕方がまるで違う
ふしぎなものだ。
同じくらい働いたはずなのに、ぐったり疲れる日もあれば、なぜか元気が残っている日もある。
忙しくても満たされる日もあれば、余裕があるのに、やけにしんどい日もある。
その違いは、やった量じゃなくて、そのとき自分を動かしていた気持ちの種類から生まれている。
「やらなきゃ」は、ひとつひとつの行動に小さな引っかかりを生む。
心のどこかで「ほんとはやりたくない」とつぶやきながら動くから、エネルギーが余分にこぼれていく。
「やりたい」で動いているときは、ちがう。
「もう少し工夫したらどうなるかな」「次はうまくやれそう」──
そんな小さなワクワクが、自然と次の行動を引き寄せる。
頑張っているのに、やればやるほど元気になっていくこともあるんだ。
「やりたい」は、大きな声では話しかけてこない
「この歳になって、やりたいことなんて言ってられない」
そう感じる日もあるかもしれない。
それは、自然な気持ちだ。
ただ、「やりたい」は、大きな声では話しかけてこない。
たいていは、ふっと一瞬、心の中をよぎるだけ。
「この打ち合わせ、けっこう好きかも」
「あの人と組むと、なんだか楽しいな」
「もう少し、やってみたいな」
抱えている仕事を、全部好きになる必要はない。
その小さなかけらに気づいて、ていねいに拾っていく。
それだけで、心のエンジンは、少しずつ「やりたい」のほうへ傾いていく。
エンジンは、いまからも切り替えられる
引き受けてきた仕事を、放り出さなくていい。
ただ、その中のどこに「いいな」があったのか。
それに気づけるのは、あなただけだ。
同じ仕事をしていても、動かしているエンジンが変われば、
一日の終わりに残るものが、少しずつ変わっていく。
きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。
「いまの自分を動かしているのは、『やらなきゃ』かな、『やりたい』かな」
「最近、心が『いいな』と動いた瞬間は、いつだった?」
答えはあいまいでかまわない。
心が動くほうへ、少しずつ。
エンジンは、いまからも切り替えていけるんだから。
