私たちはしばしば、過去の経験や失敗、他人からの評価に影響されがちです。
気づくと、「以前こうだったから今回も同じだろう」と考えたり、「この仕事しか経験がないから他のことは無理だ」と決めつけたりしてしまいます。
過去の実績が乏しいからこの選択肢しかない、試験の結果がこうだったから進路は限られている――そんなふうに、過去を未来の限界としてしまうことが多いのではないでしょうか。
しかし、結論から言えば、過去はあなたの未来の可能性を決定するものではありません。
むしろ、「どんな未来を選ぶか」によって、過去の意味は変わっていきます。
私たちは通常、「過去 → 現在 → 未来」という順序で時間が流れると考えますが、コーチングの世界では「未来 → 現在 → 過去」という視点を持つことがあります。
これは、「選んだ未来によって過去の出来事の意味が変わる」という考え方を示しています。
たとえば、「あのときのつらい経験があったから、今の自分がある」という話を聞いたことがあるでしょう。
その出来事が起きた直後は、ただの失敗や挫折に見えたかもしれません。
しかし、後になって振り返ると、「あれがターニングポイントだった」「あの経験があったから成長できた」と感じることがあります。
興味深いのは、出来事自体は変わらないのに、「それをどうとらえるか」は、その人がどんな未来を選んだかによって変わるという点です。
つまり、過去の評価や解釈は、後からいくらでも更新されていくのです。
受験に失敗して浪人することになった人を考えてみましょう。
浪人が決まった直後は、ショックや悔しさで心がいっぱいになり、「周りに遅れをとった」「自分には能力が足りないのかもしれない」と落ち込むこともあるでしょう。
しかし、その後の過ごし方次第で、この出来事の意味は大きく変わります。
浪人生活を通じて、「自分はなぜこの道を選んだのか」と真剣に考えるようになる人もいます。
最初は「偏差値」や「合格」だけを目標にしていたのが、「将来どのように人の役に立ちたいのか」「どんな日々を送りたいのか」といった新たな視点が生まれてくるのです。
勉強の方法も、誰かに言われたことをこなす「やらされる勉強」から、自分で工夫して取り組む「主体的な学び」に変わるかもしれません。
一度挫折を経験したことで、同じように悩んでいる人の気持ちがより理解できるようになり、他者に対して優しく接することができるようになる人もいます。
数年後、その人が望んだ進路に進み、充実した日々を送るようになれば、「浪人したこと」は単なる失敗ではなくなります。
「あの経験があったからこそ、今の自分がある」と心から言える出来事に変わるのです。
ここで重要なのは、過去の出来事が勝手に変わったわけではないということです。
本人が「どんな未来を選んだか」「そこに向かってどう行動したか」によって、過去の意味が変わっていったのです。
私たちは、過去の出来事に執着するほど、「今」の行動に使えるエネルギーを少しずつ失っていきます。
「あのときうまくいかなかったから、今回もきっとうまくいかない」「昔からこうだから、自分は変われない」という思い込みがあると、目の前にチャンスがあっても、「自分には無理だ」と判断してしまい、手を伸ばす前にあきらめてしまいます。
こうした思考のパターンが続くと、本来は選べるはずだった選択肢が、最初から視界に入らなくなってしまいます。
つまり、過去に縛られているつもりはなくても、知らないうちに自分で自分の可能性を狭めてしまっているのです。
しかし、本当に大切なのは「過去に何があったか」ではありません。
「これからどんな未来を選ぶのか」「その未来に向けて、今何をするのか」が、あなたの人生を形づくっていきます。
過去の出来事は、あなたを評価するものではなく、これから活かすための素材にすぎないと捉え直してみてください。
未来は誰かに決められるものではなく、あなた自身が自由に選ぶことができるものです。
今はまだ具体的に思い描けないかもしれませんが、「こんな生活を送りたい」「こんな人たちと過ごしたい」といった未来を、遠慮せずに想像してみてください。
例えば、今とは全く異なる職業で活躍している自分を思い浮かべたり、心身ともに余裕があり、家族や友人と穏やかな時間を楽しんでいる自分を描いても良いでしょう。
「現実的かどうか」は一旦脇に置いて、「本当はどうなりたいのか」に正直になることが大切です。
そして、その未来を「こんなふうになれたらいいな」と漠然と眺めるだけでなく、「自分はその未来を選ぶ」と心に決めてみてください。
未来を選んだ瞬間から、少しずつ「今」の選択が変わり始めます。
理想の未来に近づくための小さな行動を積み重ねることで、その未来はやがて現実のものとなっていきます。
とはいえ、「未来から考えろと言われても、具体的にどうすればいいのか分からない」と感じる方も多いでしょう。
そこで、今日から始められるいくつかのシンプルな習慣をご紹介します。日常の中で実践できるようにお伝えします。
まず一つ目は、「未来の自分に質問してみる」ことです。
少し静かな時間を作り、目を閉じて5年後の理想の自分を思い浮かべてみてください。
その自分はどんな表情をしているでしょうか。
どんな場所にいて、どんな人たちと一緒にいるでしょうか。
朝の始まりをどんな気分で迎え、1日の終わりをどのような感情で締めくくっているでしょうか。
はっきりした映像でなくても構いません。
なんとなくでも、「今の自分」との違いが少しずつ見えてきます。
二つ目は、「未来の自分なら今どう行動するか」を考えてみることです。
例えば、仕事から帰って疲れているときに、理想の自分ならどうするかを想像してみます。
10分だけ本を開くかもしれませんし、気になっていた講座に申し込むかもしれません。
あるいは、ずっと連絡をためらっていた人に、思い切ってメッセージを送るかもしれません。
そのときに浮かんだ小さな一歩が、未来と今をつなぐ行動になります。
三つ目は、「未来について考えるための時間を予定に入れる」ことです。
未来のことは、なんとなく頭の片隅で考えているだけでは、日常の用事に押し流されてしまいます。
週に一度で構わないので、手帳やカレンダーに「未来を考える時間」と書き込んでしまうのがおすすめです。
朝のコーヒーを飲む時間をあててもいいですし、通勤電車の中で、「一年後に実現していたいこと」をノートアプリに書き出す時間にしてもかまいません。
このように、自分の「可処分時間」、つまり自由に使える時間の一部を、意識的に未来のために投資していくことが大切です。
たとえ一回あたりの時間が短くても、「未来のことを考える」という行為が習慣になると、ものの見え方が少しずつ変わっていきます。
過去の失敗や後悔に囚われ続けると、心は次第に過去に引き寄せられてしまいます。
「あの時の自分はダメだった」という思いが強くなり、今の自分にも同じ評価をしてしまいがちです。
一方で、未来に対する期待や楽しみを考える時間が増えると、自然と前向きな気持ちが芽生えます。
具体的な未来の形が見えなくても、「こんな風になったら楽しいだろう」「こんな日々が送れたら嬉しい」という想像を膨らませることで、行動も徐々に未来志向になります。
過去を振り返ること自体は悪いことではありません。
しかし、その目的が「自分を責めること」になってしまうと、エネルギーを消耗してしまいます。
過去を振り返るのは、「これからどう活かすか」を考えるためであれば、同じ出来事から得られるものは大きく変わります。
未来は、あなたを評価するためのものではなく、自由に描けるキャンバスのようなものです。
そのキャンバスに、「過去に縛られた自分」ではなく、「望む未来を選び直した自分」を描いてみてください。
そして、その未来に向かって進むための小さな一歩を、今日のどこかで踏み出してみましょう。
