夜、寝る前になんとなく開いた転職サイト。
スクロールしていた指が、一件の求人で止まりました。
仕事内容は、いまやっていることの少し先。「チームを率いた経験歓迎」とある。
面白そうだと思って読み進めたところで、想定年収の数字が目に入りました。いまより、ずっと高い。
その瞬間、ほとんど反射的に画面を閉じていました。
「自分には無理だ」。理由を考えるより先に、指が動いていたのです。
想定年収の数字を見た瞬間、「自分には無理」と閉じていた
翌朝、少し冷静になって思い返します。
応募条件を満たしていなかったわけではない。経験年数も担当してきた業務も、だいたい当てはまっていた。
それなのに、数字を見た途端に「自分の行く場所じゃない」と感じた。
止めたのは能力でも条件でもなく、「自分はこのくらいの人間だ」という自己イメージのほうです。
自己イメージとは、自分が自分をどんな人間だと思っているか、という心の中の自画像のこと。
中堅になると、これまでの評価や年収、肩書きが積み重なり、この自画像が「自分の相場」として固まっていきます。
押せるボタンが決まっている、心のエレベーター
自己イメージは、エレベーターの階数ボタンに似ています。
建物には上の階がいくつもあるのに、自分のエレベーターには、決まった階までのボタンしか並んでいない。それより上は、存在しないように感じられるのです。
厄介なのは、ボタンの数を決めているのが会社でも市場でもなく、自分自身だということ。
あの夜の求人は、ボタンのない階に書かれていた、というだけでした。
「たいしたことはしていません」が、天井を低くしていた
では、そのボタンの数はどうやって決まってきたのでしょう。
振り返ると、思い当たる言葉があります。
プロジェクトがうまくいったとき、「メンバーが頑張ってくれたので」。
評価面談で褒められたとき、「たいしたことはしていません」。
謙遜のつもりの言葉を、いちばん熱心に聞いているのは自分の脳です。
繰り返すうちに、脳は「自分はたいしたことをしていない人間だ」と学習し、ボタンを一つずつ外していきます。
職務経歴を書き出してみたら、思っていたより階は高かった
週末、これまでの仕事を紙に書き出してみました。
立ち上げに関わった案件、後輩3人の育成、炎上しかけたプロジェクトの立て直し。
並べてみると、「たいしたことはしていない」とは言えない量でした。
ここで支えになるのがエフィカシーです。「自分にはそれができる」という、未来の自分に対する自己評価のことで、過去の実績がなくても自分で高めていけます。
エフィカシーが上がると、エレベーターに新しいボタンが加わり、見えなかった選択肢が「行ける階」として見えはじめます。
次の階のボタンを、自分の指で押してみる
転職するかどうかは、また別の話です。いまの職場で上を目指すのでも構いません。
大事なのは、閉じた画面の向こうに、本当は行ける階があったかもしれないと気づくことです。
ボタンが増えれば、社内の新しい役割や社外の勉強会など、いまの場所から行ける階も一緒に増えていきます。
天井をつくっていたのは能力ではなく、自分で決めた「自分の相場」でした。
明日から5分だけ、試してみませんか。
この1年でやってきた仕事を3つスマホのメモに書き出し、それぞれに「自分がやった」と添えてみる。
そうしているうちに、後輩が「たまたまです」と言ったときにも、「それはあなたの力だよ」と自然に返せるようになっていきます。
次回は、「たいしたことはしていません」のように、一日中続いている自分との会話についてお話しします。
