私たちは通常、時間は過去から未来へと一方向に流れると教えられています。
138億年前のビッグバン以来、時間は一貫して同じ方向に進んでいると。
これを聞くと、多くの人は自然に「今の自分は過去の結果だ」と信じるようになります。
過去の経験が現在を形作っているという説明に慣れてしまうのです。
しかし、この見方にだけ頼ると、人生を過去の延長としてしか捉えられなくなります。
過去がこうだったから自分はこういう人間で、だからこれからも同じ道を進むのだと、無意識に考えてしまうのです。
ここで少し別の視点を取り入れてみましょう。
過去が現在を決めるという見方と同様に、未来が今の解釈を決めるという見方も成り立ちます。
「頑張って勉強したおかげで希望の大学に合格した」と言う人がいます。
「一流大学を卒業したから一流企業に就職できた」と話す人もいます。
こうした語り方は非常に分かりやすいため、私たちはつい「やはり過去の努力がすべてを決めるのだ」と思いがちです。
しかし、現実をよく見ると、同じように勉強しても希望の大学に合格できなかった人もいます。
そうした人は「自分は勉強が足りなかった」と考えるでしょう。
また、一流大学を出ていても希望通りの就職ができなかったり、今は職探しをしていたりする人もいます。
そうした人は「せっかくいい大学を出ても意味がなかった」と感じるかもしれません。
ここで不思議なことが起きています。
やったことは「勉強した」「いい大学を出た」という点で似ているのに、現在の状況が違うだけで、過去に与える意味がまったく変わってしまっているのです。
これは「過去が現在を決めている」というよりもむしろ、「現在の状態が過去をどう見るかを決めている」と言ったほうがしっくりきます。
希望の大学に合格したという“いま”があるからこそ、人は過去の自分に対して「あのとき頑張ったから合格できた」と評価できます。
もし合格していなければ、「勉強法が合っていなかった」「もっと早く準備すればよかった」と別のストーリーをつくっていたはずです。
つまり、過去そのものは一つでも、その意味づけはいくつもあり、どれを採用するかは現在の状況やこれから向かおうとしている方向に影響される、ということです。
仕事でも同じことが起きます。
地道に続けてきた作業が、昇進した瞬間に「評価されていた努力」に変わることがありますし、逆に結果が出なければ「やり方が古かった」「視点が足りなかった」として扱われます。
過去の出来事それ自体よりも、「今どこに立っているか」「これからどこへ行こうとしているか」のほうが強く効いているのです。
だから本当は、「昔こうだったから私はこういう人間です」とあっさり決めてしまう必要はありません。
現在の立ち位置と、これから決める未来によって、過去はいくらでも語り直すことができます。
多くの人は、自分の人生を語る際に過去を基準にしがちです。
育った環境や若い頃の選択、長年勤めた会社などを理由に、未来の可能性を狭めてしまうことがあります。
しかし、過去の意味は現在や未来の方向性によって変わるのです。
したがって、未来を基準に自分を再定義することも可能です。
過去の出来事は変えられないとしても、その解釈は固定されていません。
同じ経験を「辛い失敗」と見るか、「他者の痛みを理解するきっかけ」と見るかで、その後の行動が変わります。
だからこそ、「過去に縛られない」という考え方は、精神論ではなく、解釈の仕組みから見ても合理的です。
ここで重要なのが「未来志向」です。
未来志向とは、過去ではなく、これからどうしたいかを先に決めることです。
どのように働きたいか、どんな人と関わりたいか、どんな気持ちで一日を始めたいかなど、具体的な未来像を描き、それに合った現在の行動を選ぶことです。
興味深いのは、未来を先に描くと、脳がその未来に合った情報を自然に集め始めることです。
例えば、「数年以内にコーチングや教育で独立したい」と決めると、会社での後輩指導が「ただの雑務」から「伝えるスキルの基礎」に変わります。
学生時代の部活での声かけも、「人のやる気を引き出す練習」として再解釈できます。
未来を先に描くことで、過去の経験が新たな価値を持つのです。
逆に言えば、未来を決めずに過去を振り返っても、効果的に整理することは難しいのです。
方向性がないままでは、何を残し何を捨てるか決められません。
だからこそ、未来を基準にすることが重要です。
これを踏まえると、時間の流れは一方向だけでなく、未来から現在、そして過去へと逆向きにも考えられます。
未来の自分を決めることで、その未来にふさわしい言動や人間関係、環境を整えたくなります。
そうすると、現在の行動や選択が変わり、変化した現在から過去を振り返ると、あの時の経験が重要だったと再評価できるのです。
コーチングでは「現状を超えたゴールを設定する」とよく言われますが、これはまさにそのプロセスを活用するためです。
過去の実績では届かないようなゴールを先に設定することで、現在の行動や自己対話が変化し、結果として「過去の出来事もこのゴールのために必要だった」と新たな物語を紡ぎ直すことができます。
現在は過去の結果ではなく、選んだ未来に引き寄せられた結果と捉えることで、前進していきます。
このように、私たちは過去に縛られる必要はありません。
これまでの経験がどうであれ、これからの方向性を決めることで、過去の意味を再定義できます。
まだ活用されていない経験や才能がたくさんあり、進むべき方向を決めるのは、今この瞬間のあなたです。
「今さら変えてもいいのか」「この年齢からでも間に合うのか」と感じるときこそ、未来志向を活用してください。
どんな年齢や職歴、環境であっても、新たな未来像を描いた瞬間から、過去の整理はやり直せます。
未来が定まれば、過去は自然と整っていきます。
