古くから「病は気から」と言われるように、これは単なることわざにとどまりません。
たとえば、特別な成分が含まれていない薬でも、「これは効く」と信じて服用することで、実際に症状が和らぐことがあります。
これがプラセボ効果と呼ばれる現象です。
また、工場や職場で「あなたたちの仕事ぶりを見ています」と言われた途端、作業の効率や品質が向上することがあります。
これはホーソーン効果と呼ばれ、見られている・期待されているという意識が、無意識に行動を変えることを示しています。
同じ状況にいても、「自分ならできる」と思う人と、「どうせうまくいかない」と感じる人では、その後の行動や結果が異なります。
この違いを生み出すのが、「マインド(心と体)の使い方」です。
コーチングの世界でも、ゴールを達成できるかどうかは、このマインドの使い方に大きく影響されると言われています。
「マインドを上手に使う」と聞くと、特別なトレーニングや難しい心理技術を想像するかもしれませんが、その始まりは実にシンプルです。
最初にすべきことは「ゴールを設定すること」です。
ここでいうゴールとは、単なるノルマや目標の数字ではありません。
思い浮かべると少しワクワクしたり、「本当にそうなったら嬉しい」と感じられる、未来の自分の姿や日常のことです。
例えば、ただ残業を増やして年収を上げることを目指すのではなく、「自分も家族も笑顔でいられる働き方を手に入れている自分」をゴールとして描くイメージに近いかもしれません。
ゴールを考えるときには、「どんな肩書きか」よりも、「どんな表情で、どんな一日を生きているのか」を思い浮かべることが大切です。
ゴールを設定するとき、多くの人は「現実的なライン」を意識します。
「このくらいなら無理せず届きそうだ」という範囲に収めようとしたり、周りの目を気にして、あえて控えめに設定したりすることもあるでしょう。
しかし、マインドの観点から見ると、ゴールは思い切り大きくして構いません。
むしろ、今の自分から見ると「さすがにこれは大きすぎるかな」と感じるくらいのほうが、ちょうど良いことが多いのです。
理由はシンプルで、現状とゴールの「差」が、そのままゴールに向かおうとするエネルギーになるからです。
ゴムひもを両手で持って少しだけ伸ばしたときよりも、目一杯伸ばしたときのほうが、手を離したときに強い力で戻ろうとしますよね。
現状とゴールの距離も、これとよく似ています。
たとえば、英語がほとんど話せない人が「いつか英語で日常会話ができたらいいな」と思うのではなく、「全世界にコーチングを広げるため、海外の仲間と一緒にプロジェクトを進めて、ミーティングも雑談もすべて英語で自然にこなしている自分」をゴールにするようなイメージです。
今の自分から見ると、遠く感じるゴールだからこそ、そこに向かうための工夫や発想の転換が生まれてきます。
重要なのは、そのゴールが「現状を超えた」ものであるかどうかを見極めることです。
現状の延長にあるゴールは、現在の方法や前提をほとんど変えず、ただ努力や根性を増やして達成しようとするものです。
例えば、働き方を見直さずに残業を増やして収入を上げようとするのが典型的です。
こうしたゴールは一見現実的で真面目に見えますが、実際には大きくするほど自分を追い込むことになりがちです。
気づけば「やらなければならないこと」に縛られ、ゴールのために自分を犠牲にしてしまうこともあります。
これは、ゴールに支配されている状態です。
一方、「現状を超えた」ゴールは、単に量を増やすのではなく、前提そのものが変わった世界を指します。
今と同じ前提で仕事量を増やすのではなく、働き方や仕事との関わり方を変えて、無理なく豊かさを得る状態です。
例えば、残業を前提にするのではなく、時間内で高い価値を生み出せる仕組みを整えることを想像してみてください。
また、将来の不安を埋めるために資格を増やすのではなく、「心からやりたいことを実現するために、この学びが必要だ」と感じて勉強することも、「現状を超えたゴール」に近づく考え方です。
ゴールに支配されず、心の力を健全に使うためには、視点を「自分だけ」から「自分と関わる多くの人」へ広げることが効果的です。
「自分さえ我慢すればいい」「自分が疲れても、周りが喜ぶならそれでいい」といった発想でゴールを設定すると、限界が訪れます。
短期的にはうまくいくように見えても、自分の心や体が消耗し、長続きしないことが多いからです。
そこで、「自分も笑顔でいられて、家族や仲間も笑顔になっているゴール」をイメージしてみてください。
例えば、自分がやりがいのある仕事をして、その結果としてお客様やクライアントも喜び、さらに家族との時間も大切にできている状態です。
ここで大切なのは、「多くの人の中に、あなた自身も必ず含まれている」という点です。
自分を犠牲にして他人の幸せだけを優先するゴールは、長期的にはうまく機能しません。
むしろ、あなた自身が満たされているからこそ、周りの人を大切にする余裕が生まれます。
とはいえ、「このゴールが現状を超えているのかどうか、正直よく分からない」という方も少なくありません。
そんなときは、少しリラックスして、自分に静かに問いかけてみることをおすすめします。
夜、ソファに腰を下ろしているときや、寝る前のわずかな時間でも構いません。
軽く目を閉じて、達成したいゴールが実現した様子を心に描きながら、自分に問いかけてみてください。
「このゴールが本当に叶ったとしたら、今の自分には少し“やりすぎ”に感じるだろうか?」
もし、胸が軽くなったり、自然と笑顔が浮かんだり、「そこまで達成できたらすごいけれど、想像すると嬉しいな」と思えるなら、そのゴールは現状を超えている可能性が高いです。
一方で、「頑張ればなんとか届きそうだ」「大変だけど、今の延長で何とかなるだろう」と感じるなら、もっとゴールを引き上げる余地があるかもしれません。
「やりすぎかな」と思えるラインが、心の力を最大限に引き出せるポイントです。
プラセボ効果やホーソーン効果が示すように、私たちの心は、思っている以上に現実に影響を与えます。
その力を活用するには、まず「ゴールを設定する」というシンプルな一歩を踏み出すことができます。
その際、ゴールは遠慮せずに大きく描いて構いません。
今の自分から見てやりすぎに感じるくらいの方が、現状とのギャップが生まれ、その差がエネルギーとなります。
ただし、ゴールが現状の延長線上になっていないか注意し、できるだけ「前提が変わった未来」を描いてみましょう。
さらに、自分だけでなく、家族や周囲の人々も含めたゴールを考えることで、ゴールに縛られることを防ぎ、より豊かな方向へと心の力を活用できます。
あなたの中には、まだ眠っている可能性やエネルギーがたくさんあります。
その力は、「本当に望む未来」を思い描いたとき、静かに、しかし確実に動き始めます。
