評価面談の終わり際、上司が資料を閉じながら言いました。
「来期の新しいプロジェクト、リーダーをお願いしたいと思っているんだけど、どうかな」
ありがたい話のはずです。いつかはやってみたいと、どこかで思っていた役割でもある。
それなのに口から出たのは、「……少し考えさせてください」という一言でした。
「少し考えさせてください」と答えた帰り道のモヤモヤ
帰りの電車で、自分の反応を何度も思い返します。
やりたくないわけではない。条件が悪いわけでもない。
それなのに打診された瞬間、胸のあたりがきゅっと縮んで、身体が先に「待った」をかけた。
「自分はリーダーの器じゃないのかもしれない」
そう結論づけかけたとき、ふと、ある光景がよみがえりました。
よみがえったのは、2年前に炎上したプロジェクトの夜だった
トラブルが重なった納期直前のプロジェクト。
深夜のオフィスで、当時のリーダーだった先輩が、取引先への謝罪の電話をかけ続けていました。自分は何もできず、ただ画面を見つめていた。
細かい経緯は、もうあまり覚えていません。
けれど、あの夜の張りつめた空気と、「リーダーになると、ああなるんだ」という感覚だけは、くっきり残っていたのです。
脳は、すべての体験を同じように保存しているわけではありません。
深く刻まれるのは、怖さや悔しさといった強い感情を伴った体験。これを情動記憶と呼びます。
脳の火災報知器は、煙がなくても鳴ることがある
情動記憶は、火災報知器に似ています。
一度「危ない」と学習した場面に近づくと、本当に火事かどうかを確かめる前に警報を鳴らす。
トーストを少し焦がしただけで鳴り響く報知器のように、状況が似ているだけで反応してしまうのです。
打診に即答できなかったのも、いまの自分が判断したからではなく、あの夜を覚えている報知器が先に鳴ったから。
警報はあなたを守ろうとして鳴っています。ただ、それが「いまの現実」を正しく映しているとは限りません。
「自分には向いていない」は、性格ではなく記憶の反応だった
中堅になると、経験の数だけ報知器も増えていきます。
炎上した案件、うまくいかなかった後輩指導、厳しく詰められた会議。どれも成長の糧になった一方で、新しい挑戦の前で鳴る警報の種にもなっています。
だからこそ、「向いていない」とラベルを貼る前に、「過去の記憶が反応しているだけかもしれない」と一度疑ってみる。
それだけで、反応と自分の間に小さな隙間が生まれます。
自分の報知器に気づけると、後輩が新しい仕事を前に即答できずにいるときも、少しやさしく待てるようになります。
古い警報を聞き分けて、いまの自分で答えを選ぶ
警報が鳴ったら、こう問いかけてみてください。
「これは、いまの火事? それとも、あの日の煙?」
2年前の自分と、いまの自分は違います。経験も、頼れる仲間も、あの頃より確実に増えています。
警報を無理に止める必要はありません。鳴ったことに気づき、「いまの自分なら、どう答えたいか」を考える時間を少し取れれば十分です。
上司への返事も、その時間を経てからで遅くはありません。
即答できなかった自分を、責める必要はありません。それは弱さではなく、過去の記憶が知らせてくれたサインです。
明日から5分だけ、試してみませんか。
最近「気が進まない」と感じた場面をひとつ選び、そのとき頭に浮かんだ過去の場面を、スマホのメモに一行書いてみる。
警報の正体に名前がつくと、次はいまの自分の声で答えを選べるようになります。
次回は、「やってみよう」と決めたはずなのに、気づけばいつものやり方に戻ってしまう理由についてお話しします。
