クラスの中で、なんとなく「自分のキャラ」が決まっていること、ない?
「おとなしいキャラだから、自分から話しかけるのは無理」
「目立つタイプじゃないから、手をあげるなんてムリ」
「どうせ自分は理系より文系、運動より勉強……」
そんなふうに、「自分はこういう人」って思い込んでいること、きっとあると思う。
でも、ちょっとだけ考えてみてほしいんだ。
その「キャラ」って、きみが自分で選んだものかな?
その「キャラ」、いつ決まったんだろう
少しだけ、思い出してみてほしい。
小さいころから、家族や先生、友達に、どんな言葉をかけられてきた?
「あなたはおとなしい子だね」
「もっとハキハキしなさい」
「コツコツやるタイプだよね」
「リーダーって感じじゃないかな」
なにげなく言われた言葉。
うれしかった言葉もあれば、ちょっと胸がチクッとした言葉もあったかもしれない。
そのときは聞き流したつもりでも、何度も耳にした言葉は、心の奥にそっと積もっていくんだ。
何気ない言葉が、きみを少しずつ作っていく
不思議なもので、何度も聞いた言葉は、いつのまにか「自分はこういう人」という思い込みに変わっていく。
「自分は人前が苦手」
「自分は要領がよくない」
「自分はおとなしいタイプ」
こういう自分のイメージの多くは、きみが自分で選んだものじゃない。
家の空気、教室での立ち位置、部活での役割、友達との関係──
そういうものが少しずつ重なって、いつのまにか「今のきみ」ができていった。
つまり、きみが「自分はこういう人だ」と感じていることの多くは、選んだんじゃなくて、染まったものなんだ。
そう考えると、ちょっと肩の力が抜けてこない?
「なんとなく苦手」の正体
困ったことに、小さいころに身についた感覚は、今も自動で再生される。
発表で手をあげようとすると、心臓がドキドキする。
グループで話すとき、なぜか自分だけ一歩引いてしまう。
やってみたいのに、「自分にはまだ早い」と勝手にブレーキがかかる。
これは「今のきみの実力」とは、ほとんど関係ない。
脳が、昔の記憶をたよりに「これはちょっと怖いことだよ」と知らせているだけなんだ。
行動を止めているのは、今のきみじゃなくて、昔のきみが感じた気持ち。
そう知るだけで、自分を責める声が、少し小さくなっていく。
変われないのは、きみが弱いからじゃない
「もっと積極的にならなきゃ」
「こういう自分、そろそろ卒業したいのに」
そう思っているのに、気づけばいつもの自分に戻ってしまう。
それは、きみの意志が弱いからじゃない。
脳には、「いつもの自分」を守ろうとする働きがある。
体温を一定に保つみたいに、心も「昨日までのきみ」を”正常”だと思っていて、そこから外れると不安にさせるんだ。
だから「変わらなきゃ」と力むほど、戻る力も強くなる。
これは、脳の仕組みとして、ごく自然なことなんだ。
これからは、自分で”自分”を選んでいい
「自分」は、いつのまにか作られたもの。
でも同時に、これからも少しずつ、作り続けていけるものでもある。
過去の延長で、自分を決めなくていい。
これからどんな自分でいたいか──そっと描き直してみていいんだ。
きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。
「いつのまにか身についた”自分”の中で、ほんとはもう手放していいものはあるかな」
「これから、どんな自分で過ごしたいかな」
答えはあいまいでかまわない。
「自分」は、今この瞬間にも、きみ自身の手で、少しずつ描き直していけるんだから。
