「あの子だけ運がいい」って、思ったことない?
「同じクラスなのに、なぜかあの子ばかり先生に声をかけてもらえる」
「同じ部活なのに、おもしろい役割やチャンスはいつも別の子に回っていく」
「自分にもそういう出番があればなって思いながら、毎日がなんとなく過ぎていく」
その「自分にはチャンスがない」っていう感じ、ほんとうかな?
それとも、ただ”見えていない”だけなのかな。
同じ教室にいるのに、見えてるものがちがう
おもしろい話がある。
同じ授業を受けていても、人によって頭に残るものはまったく違うんだ。
先生の話の内容を覚えている子。
黒板の図やノートの取り方が気になる子。
クラスの誰と誰が仲がいいか、を見ている子。
同じ景色を見ているはずなのに、心に残っているものは一人ひとり違う。
これは、頭の良さの差じゃない。
脳が「何を大事だと思っているか」が、人によって違うだけなんだ。
脳は、気にしているものだけを拾い上げる
きみの脳は、目に映るものを全部、平等に処理しているわけじゃない。
「今の自分にとって大事だ」と思ったものだけを、すっと拾い上げる仕組みになっている。
たとえば、欲しいスニーカーを見つけたとたん、街でも学校でも、同じスニーカーばかり目につくようになる。
新しいゲームにハマると、急にその話題があちこちから聞こえてくる。
実際にスニーカーやゲームが増えたわけじゃない。
脳が「これは大事な情報だ」とラベルを貼って、見せ始めただけなんだ。
逆に言えば、ラベルが貼られていないものは、目の前にあっても見えなくなる。
それが、脳の自然な働きなんだ。
「どうせ自分には無理」が、見える景色を作っていく
ここに、ちょっとした落とし穴がある。
「自分にはまだ早い」「どうせ向いてない」──そう感じていると、脳はその方向にラベルを貼る。
すると、うまくいかなかった記憶や、できなさそうなことばかりが目に入ってくる。
反対に、誰かがそっと回してくれたチャンスや、「やってみたら?」のひと言は、視界からすっと消えていく。
ほんとうはそこにあるのに、見えなくなっている。
それを、自分では「チャンスがない」と感じてしまうんだ。
つまり、見えている世界は、きみの心が選んだ景色でもあるんだ。
何気ないひと言に、視野をせまくされてない?
ラベルの貼り方は、きみひとりで決めているわけじゃない。
まわりの人の言葉も、静かにラベルを書き換えていく。
「まだ早いんじゃない?」
「無理しないほうがいいよ」
「きみにはちょっと難しいかも」
たいていは、心配やさしさから出ている言葉だ。
でも、何度も聞くうちに、心は「やっぱり自分には無理かも」のほうへ少しずつ傾いていく。
その言葉を、悪意として受け取る必要はない。
ただ、自分のアンテナがどんな言葉に染まっているかは、ときどき確かめてあげていい。
そばに、きみの「やってみたい」を、笑わずに聞いてくれる人はいるかな。
「こうなりたい」と思った瞬間、世界はそっと姿を変える
見える世界を変えるのに、特別なことはいらない。
「こうなりたい」「こんなふうに過ごしてみたい」──そう思った瞬間から、脳は新しいラベルを貼り始める。
今までスルーしていた本のタイトルが、急に気になる。
誰かの何気ない話が、自分ごととして耳に入ってくる。
小さなチャンスが、視界のはしから少しずつ姿を見せ始める。
それは、世界が変わったんじゃなくて、きみの心のアンテナが、ちょっとだけ向きを変えただけ。
きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。
「今の自分は、何にアンテナを向けているんだろう」
「もしかして見えていない、小さなチャンスはないかな」
答えはあいまいでかまわない。
チャンスはきっときょうも、きみのすぐそばに、静かに立っているんだから。
