会議の終わり際、「この案件、やってみたい人いる?」と声がかかった。
やってみたい、と思いました。少しだけ手も動いた。
でも、上げきる前に下ろしてしまった。
「自分にはまだ早い」「経験が足りない」「たぶん荷が重い」。
一瞬でいくつも理由が浮かんできて、結局その日は何も言えないまま終わった。
帰り道で思い返すと、条件だけ見れば、できない仕事ではなかったはずなのに。
このとき疑うべきは、能力ではないかもしれません。
「自分はこのくらいの人間だ」という、自分で貼ったラベルのほうです。
同じくらいの実力なのに、進む人ととどまる人がいる
同期の中に、経験もスキルも自分とそう変わらないのに、気づけば新しい役割を任されている人はいませんか。
差をつくっているのは、才能の量ではありません。自分の実力をどう見積もっているかです。
自分を高く見積もっている人は、チャンスが来たときに「やってみます」と手が動く。
低く見積もっている人は、同じチャンスでも「自分には足りない」と手が止まる。
外から見た実力はそれほど変わらないのに、一年後に立っている場所は大きく違ってくる。
その差をつくっているのは、外の条件ではなく、内側にある自分への見積もりです。
「自分は前に出るタイプじゃない」が線を引いていた
自分を低く見積もる人は、たいてい「自分はこの程度だ」という自己イメージを持っています。
そしてこの自己イメージが、そのまま実力の天井になります。
「サポート役のほうが向いている」と思っていれば、まとめ役を打診されても荷が重く感じる。
「自分は前に出るタイプではない」と信じていれば、条件が合っても一歩が出ない。
厄介なのは、この天井が本人にはほとんど見えないことです。
実力ではなく自己イメージが「ここまでが自分の範囲だ」と線を引いているだけなのに、「自分はこういう人間だから」と信じ込んでいるぶん、線そのものに気づけません。
しかも、天井の下にある情報しか目に入らなくなります。
通知をオフにしたアプリのお知らせのように、届いていたはずのチャンスが、最初から存在しないものとして扱われてしまうのです。
うまくいっても「たまたまです」と言ってしまう
天井は、日々の小さな言葉で維持されています。
任されたときの「人手が足りなかっただけです」。
褒められたときの「たまたまです」。
うまくいったときの「今回は運がよかっただけ」。
こうした自分に向けた独り言のひとつひとつが、天井を静かに補強していきます。
謙遜のつもりで口にした言葉を、いちばん熱心に聞いているのは、ほかでもない自分自身です。
「これは自分らしくない」と言い添えてみた
天井を上げる第一歩は、その独り言に気づくこと。
そして気づいたら、一言だけ添えてみてください。「これは自分らしくない」。
支えになるのがエフィカシーという考え方です。
エフィカシーとは、「自分にはやり遂げる力がある」という、未来の自分への自己評価のこと。過去の実績がなくても育てられます。
自己評価が上がると、脳はゴール側の情報を拾いはじめます。
これまで素通りしていた場面が、「これは自分の仕事かもしれない」と見えるようになってきます。
あの日手が挙がらなかったのは、能力の不足ではなく、過去から持ち越した見えない天井のせいでした。
今日の帰り道で、ひとつだけ試してみませんか。
最近うっかり言った「たまたまです」を思い出して、心の中で「いや、自分の実力かもしれない」と言い直してみる。
天井は、決められた運命ではありません。
あなたの実力は、あなたが思っているよりも、ずっと大きいはずです。
次回は、その独り言そのもの──一日でいちばん多く交わしている「自分との会話」についてお話しします。
