予定は埋まっているのに、自分がいない

最後に、自分のためだけに時間を使ったのはいつ?

平日は、仕事で埋まっている。
週末は、家のことや実家への顔出し、友人の集まりの段取りで埋まっている。
空いたはずの夜も、誰かの相談に返信を打っている。

手帳を開くと、予定はぎっしりだ。
どれも大事で、どれも投げ出したくない。

でも、ちょっとだけ聞いてみたい。
その中に、「あなたがやりたくて入れた予定」は、いくつあるかな?

目次

あなたの毎日は、何でできている?

わたしたちの毎日は、いくつもの領域でできている。

  • 仕事やキャリア
  • 家族やパートナーとの時間
  • 友人や、地域とのつながり
  • 身体の調子や、睡眠
  • 好きなことや、ひとりの時間

これを、自転車の車輪のスポークに見立ててみる。
どれかが極端に細いと、車輪はゆがんで、ガタガタ揺れながら進んでいく。

ここまでは、よく聞く話かもしれない。
でも、いまのあなたの車輪は、たぶん少し事情が違う。

どのスポークも、誰かが張っている

あなたの車輪は、案外まるい。

仕事もしている。家族や大切な人との時間もとっている。友人とも会っている。
どれかを放り出しているわけじゃない。むしろ、よくやっていると思う。

ただ、よく見てみると──
どのスポークも、誰かのために張られている。

職場では、頼られる中堅として。
家では、パートナーとして、あるいは親として。
実家では、しっかりした子どもとして。
友人の中では、いつもの幹事役として。

どの場所にも、あなたの役割がある。
そして、どの時間も、その役割をこなす時間になっている。

「誰かのため」だけで回すと、車輪は重くなる

誰かのために使う時間は、悪いものじゃない。
それで支えられている人がいるし、あなた自身もそこから多くを受け取っている。

でも、ぜんぶのスポークを他人の都合で張っていると、
車輪はまるくても、回すたびに少しずつ重くなっていく。

ちゃんとやっているのに、満たされない夜がある。
誰にも不満はないのに、自分だけが擦り減っている気がする。

それは、車輪のどこにも、あなたの「こうありたい」が入っていないからかもしれない。

もし、それぞれに「自分のこうありたい」を混ぜたら?

ひとつ、提案がある。

新しい領域を増やさなくていい。時間をひねり出さなくてもいい。
いまあるスポークの中に、自分の「こうありたい」をひとつ混ぜてみる。

家族との時間なら、こなすだけじゃなく、自分も楽しめる過ごし方を選んでみる。
友人の集まりなら、たまには幹事を譲って、ただの参加者になってみる。
仕事なら、任された範囲の中に、ひとつだけ自分が試したいことを入れてみる。

完璧な答えはいらない。
「いまの自分が、ふと思う方向」で、ふんわり仮置きしておくくらいで十分だ。

不思議なもので、どこかひとつに自分の「こうありたい」が入ると、
その領域が、ほかの領域をそっと支えはじめる。

あなたの車輪を、あなたの手で回す

予定を減らさなくてもいい。役割を降りなくてもいい。

ただ、その車輪を回しているのが、
誰かの都合だけじゃなく、あなた自身でもあるようにしていく。

それだけで、同じ予定の並びでも、一日の手ざわりが変わってくる。


きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。

「今週の予定の中に、自分がやりたくて入れたものはあったかな」
「どの時間に、自分の『こうありたい』をひとつ混ぜられそうだろう」

答えはあいまいでかまわない。

誰かのための時間の中にも、あなたの居場所はつくれる。
その小さなひとつから、車輪はまた、あなたの手に戻ってくるんだ。

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この記事を書いた人

苫米地式コーチング認定コーチ/苫米地式コーチング認定教育コーチ/TICEコーチ/PX2ファシリテーター。 苫米地英人博士から指導を受け、青山龍ヘッドマスターコーチからコーチングの実践を学び、世界へコーチングを広げる活動を実施中。あなたのゴール達成に向けて強力にサポートします。

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