リーダーを引き受けて最初の月。
「これからは、自分が手を動かすより、メンバーに任せる」
そう決めて、キックオフでも後輩たちにそう伝えました。
ところが月末の夜。
後輩から受け取った提案資料を開き、気になる箇所に手を入れはじめたら、止まらなくなった。
日付が変わる頃には、資料のほとんどが自分の文章に書き換わっていました。
後輩の資料を受け取った夜、気づけば全部書き直していた
翌朝、後輩に資料を返すとき、少しだけ気まずさがありました。
「直しておいたよ」と言いながら、どこかで分かっていたのです。これでは、任せたことにならない。
決意が足りなかったのでしょうか。リーダーに向いていないのでしょうか。
実は、そのどちらでもありません。脳が、過去にうまくいったやり方を自動で再生していただけなのです。
疲れたときほど、つい利き手を使ってしまう
左手で箸を使う練習をしていても、疲れているときや急いでいるときは、つい右手が出てしまう。
脳の働きも、これに似ています。
脳は体重の2%ほどの重さで、全身のエネルギーの約2割を使う、燃費の悪い臓器です。だから、できるだけ省エネしようとする。
いちばん効率のいい方法は、新しく考えることではなく、慣れたやり方をそのまま繰り返すことです。
プレイヤーとして何年も成果を出してきた中堅にとって、「自分で手を動かす」はまさに利き手。
夜遅く疲れているときほど、脳はその利き手を選びます。
「自分でやったほうが早い」は、脳がいちばん安全だと知っている道
もうひとつの理由は、安全を優先する本能です。
脳にとって、過去にうまくいったやり方は「これで大丈夫だった」という実績つきの道。一方、後輩に任せる道は、結果が読めない未知の道です。
脳には、未知を避けていまのやり方を守ろうとする傾向があり、これを現状維持バイアスと呼びます。
実績がある人ほど、昔の道は太く、安全に見える。つい手を出してしまうのは、それだけ積み重ねてきたものがある証拠でもあります。
「1年後のリーダーの自分なら、この資料をどう扱うか」
流れを変える鍵は、判断の基準を過去から未来に移すことです。
昨日までの自分を基準にすると、昨日と同じ今日が選ばれます。
そこで、次に資料を受け取ったとき、こう問いかけてみました。
「1年後、チームを育てているリーダーの自分なら、この資料をどう扱うだろう」
出てきた答えは、書き直すことではなく、気になる点を3つだけ伝えて、後輩に考えてもらうことでした。
数日後に戻ってきた資料は、自分が書くものとは違う切り口でまとまっていました。
「こういう見せ方もあるのか」と、こちらが教わる場面さえあったのです。
昨日の自分ではなく、未来の自分に今日を選ばせる
「どんなチームをつくりたいか」というゴールを高く置くほど、目の前の慣れたやり方に縛られなくなります。
任せることは手を抜くことではなく、未来のチームへの投資です。
最初から利き手を封印する必要はありません。迷ったときに一度だけ未来の自分に聞いてみる。その回数が増えるほど、新しいやり方が少しずつ”もうひとつの利き手”になっていきます。
つい手を出してしまうのは、意志が弱いからではありません。脳が、過去を再生しているだけです。
明日から5分だけ、試してみませんか。
「自分でやったほうが早い」と感じた瞬間に手を止め、「1年後の自分なら、これを誰に渡すか」をひとつ考えてみる。
その小さな間が、再生ボタンをあなた自身の指に取り戻してくれます。
次回は、変わろうとする一歩の前に立ちはだかる「自分はこのくらい」という見えない天井についてお話しします。
