「やらなきゃ」で疲れる人、「やりたい」で伸びる人

同じことをしているのに、あの子だけ楽しそうに見える。そんなこと、ない?

「同じ授業、同じ宿題なのに、なぜかあの子は生き生きしてる」
「自分は夜になるとぐったりなのに、あの子は『明日も楽しみ』って笑ってる」
「自分のほうが頑張ってるはずなのに、なぜかあの子のほうが伸びていく」

その違いは、頭の良さでも、根性でもない。

じつは、心の中で動いてる”エンジン”が違うだけなのかもしれない。

目次

頑張った日でも、疲れる日と元気な日がある

ふしぎなものだ。

同じくらい勉強したはずなのに、ぐったり疲れる日もあれば、なぜか元気が残ってる日もある。
忙しくても満たされる日もあれば、ヒマなのにやけにしんどい日もある。

その違いは、やった量じゃなくて、そのとき自分を動かしていた気持ちの種類から生まれている。

「やらされてる」と感じていた日は、たいてい疲れる。
「やってみたい」と思えていた日は、たいてい元気が残っている。

同じ2時間でも、心の感じ方ひとつで、消耗の仕方はまったく違うんだ。

「やらなきゃ」で動いてる自分に、気づいてる?

わたしたちが毎日動いている理由は、大きく2つに分けられる。

ひとつは、「やらなきゃ」
成績が下がるのが怖い。怒られたくない。親や先生をがっかりさせたくない。
そんな気持ちから始まる動機だ。

もうひとつは、「やりたい」
おもしろそう。できるようになりたい。こうなれたらうれしい。
心の内側から、ふっと湧いてくる動機だ。

どっちも、わたしたちを動かしてくれる。
でも、長く続けたときに残るものが、まるで違う。

「やらなきゃ」は、ひとつひとつの行動に小さな引っかかりを生む。
心のどこかで「ほんとはやりたくない」とつぶやきながら動くから、エネルギーが余分にこぼれていく。
気づけば、夜には電池がほとんど残っていない。

「やりたい」が、心の電池をこっそり充電する

「やりたい」で動いているとき、心の中では別のことが起きている。

「これ、もう少し工夫したらどうなるかな」
「次はもっとうまくやれそう」
「ここをこうしたら、もっとおもしろくなる気がする」

そんな小さなワクワクが、自然と次の行動を引き寄せる。
頑張っているはずなのに、なぜか減らないどころか、やればやるほど元気になっていくんだ。

それは、心の電池が「やりたい」によってこっそり充電されているから。

エネルギーは、根性でしぼり出すものじゃなくて、好きなことから自然に湧いてくるものなんだ。

同じ毎日の中にも、「やりたい」のかけらは隠れてる

「でも、いまの勉強の中に、やりたいことなんてないかも」
そう感じる日もあるかもしれない。

それは自然な気持ちだ。

ただ、思い出してみてほしい。
同じ勉強の中にも、ふと「これはちょっとおもしろい」と感じた瞬間や、
問題が解けて、ほんのりうれしくなった場面が、きっとあったはず。

それが、「やりたい」のかけらだ。

全部をいっぺんに好きになる必要はない。
その小さなかけらに気づいて、ていねいに拾っていくだけで、
心のエンジンは、少しずつ「やりたい」のほうへ傾いていく。

心が「いいな」と動いた瞬間を、見のがさない

「やりたい」は、大きな声では話しかけてこない。

たいていは、ふっと一瞬、心の中をよぎるだけ。
「あ、この教科、好きかも」「あの先生の話、おもしろいな」「もう少し、やってみたいな」

その小さな声を、忙しさの中で見のがさないこと。
聞こえたら、そっとメモしておくくらいでちょうどいい。

その積み重ねが、疲れる毎日と、伸びる毎日の分かれ道になっていく。


きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。

「今のきみを動かしているのは、『やらなきゃ』かな、『やりたい』かな」
「最近、心が『いいな』と動いた瞬間は、いつだった?」

答えはあいまいでかまわない。

エンジンを切り替えるのに、特別なことはいらない。
ただ、自分の中の「やりたい」のかけらを見つけて、ひとつずつそっと拾っていくこと。

それだけで、明日からの一日は、少しだけ軽くなっていくんだ。

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この記事を書いた人

苫米地式コーチング認定コーチ/苫米地式コーチング認定教育コーチ/TICEコーチ/PX2ファシリテーター。 苫米地英人博士から指導を受け、青山龍ヘッドマスターコーチからコーチングの実践を学び、世界へコーチングを広げる活動を実施中。あなたのゴール達成に向けて強力にサポートします。

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