同じ仕事をしているのに、あの人だけ楽しそうに見える。
「同じ部署、同じ業務量なのに、なぜか向こうは生き生きしている」
「自分は夜になるとぐったりなのに、あの人は『明日も楽しみ』と笑っている」
「自分のほうが努力しているはずなのに、なぜか向こうのほうが伸びていく」
その違いは、能力でも根性でもありません。
実は、心の中で動いている”エンジン”が違うだけなのかもしれません。
頑張った分だけ疲れてしまう日と、不思議と元気な日がある
ふしぎなものです。
同じくらい働いたはずなのに、ぐったり疲れる日もあれば、不思議と元気が残っている日もある。
忙しくても満たされる日もあれば、暇なのにやけにしんどい日もある。
その違いは、作業の量ではなく、そのとき自分を動かしていた気持ちの種類から生まれています。
「やらされている」と感じていた日は、たいてい疲れる。
「やってみたい」と思えていた日は、たいてい元気が残っている。
同じ8時間でも、心の感じ方ひとつで、消耗の仕方はまったく違うのです。
「やらなきゃ」で動いている自分に、気づいていますか
私たちが日々動いている動機は、大きく二つに分けられます。
ひとつは、「やらなきゃ」。
評価が下がるのが怖い。怒られたくない。期待を裏切れない。
そんな気持ちから始まる動機です。
もうひとつは、「やりたい」。
おもしろそう。役に立ちたい。こうなれたら嬉しい。
心の内側からふっと湧いてくる動機です。
どちらも、私たちを動かしてくれます。
けれど、長く続けたときに残るものが、まるで違うのです。
「やらなきゃ」は、行動の一つひとつに小さな引っかかりを生みます。
心のどこかで「本当はやりたくない」とつぶやきながら動くから、エネルギーが余分にこぼれていく。
気づけば、夜には電池がほとんど残っていない。
「やりたい」が、心の電池をこっそり充電している
「やりたい」で動いているとき、心の中では別のことが起きています。
「これ、もう少し工夫したらどうなるかな」
「次はあの人にも喜んでもらえる形にしたいな」
「ここをこうしたら、もっと良くなる気がする」
そんな小さなワクワクが、自然と次の行動を引き寄せる。
頑張っているはずなのに、なぜか減らないどころか、やればやるほど元気になっていくのです。
それは、心の電池が「やりたい」によってこっそり充電されているから。
エネルギーは、根性で絞り出すものではなく、好きなことから自然と湧いてくるものなのです。
同じ仕事の中にも、「やりたい」のかけらは隠れている
「でも、いまの仕事の中には、やりたいことなんてあまりないかも」
そう感じる日もあるかもしれません。
それは自然な気持ちです。
ただ、思い出してみてください。
同じ業務の中にも、ふと「これは少しおもしろい」と感じた瞬間や、
誰かに「ありがとう」と言われて、ほんのり胸があたたかくなった場面が、きっとあったはずです。
それが、「やりたい」のかけらです。
仕事全部をいっぺんに変える必要はありません。
その小さなかけらに気づき、ていねいに拾っていくだけで、
心のエンジンは、少しずつ「やりたい」のほうへ傾いていきます。
心が「いいな」と動いた瞬間を、見逃さない
「やりたい」は、大きな声では話しかけてきません。
たいていは、ふっと一瞬、心の中をよぎるだけ。
「あ、この仕事、好きかも」「あの人と話すと楽しいな」「もう少し、やってみたいな」
その小さな声を、忙しさの中で見逃さないこと。
聞こえたら、そっとメモしておくくらいでちょうどいい。
その積み重ねが、疲れる毎日と、伸びる毎日の分かれ目になっていきます。
今日から、ほんの少しだけ。
自分に問いかけてみてください。
「今のわたしを動かしているのは、『やらなきゃ』だろうか、『やりたい』だろうか」
「最近、心が『いいな』と動いた瞬間は、いつだっただろう」
答えは曖昧でかまいません。
エンジンを切り替えるのに、特別なことはいりません。
ただ、自分の中の「やりたい」のかけらを見つけて、ひとつずつそっと拾っていくこと。
それだけで、明日からの一日は、少しだけ軽くなっていきます。
