その「頼られ方」、自分で選んだものかな?
チームの中で、あなたはどんな立ち位置にいるだろう。
「まとめ役」
「困ったときに相談される人」
「調整はだいたい自分に回ってくる」
「派手じゃないけど、確実に終わらせる人」
たぶん、すぐに思い浮かんだんじゃないかな。
じゃあ、ちょっとだけ聞いてみたい。
その立ち位置は、ほんとうに、あなたが選んだものかな?
その役割、いつ・誰が決めたんだろう
少しだけ、思い出してみてほしい。
入社したころのあなたは、どんな人だった?
たぶん今とは、少し違ったはずだ。
はじめは、たまたまだったと思う。
手が空いていたから引き受けた。断るのが申し訳なかった。やってみたら、思いのほかうまくいった。
「助かったよ、さすがだね」
「これはあなたに任せるのが一番いい」
「あの人に聞けば、なんとかしてくれる」
かけられた言葉は、うれしかったはずだ。
だからまた引き受けた。そして、また感謝された。
期待に応えるたび、あなたの輪郭は少しずつ濃くなっていく。
「自分らしさ」は、選んだ? それとも引き受けた?
不思議なもので、何度も応えた役割は、いつのまにか「自分はこういう人間だ」に変わっていく。
中堅と呼ばれるころには、それがさらに固まりやすい。
チームでの立ち位置、積み上げた信頼、通ってきた仕事の型、任されている範囲──
そういうものが重なって、「今の自分」ができあがる。
つまり、あなたが「自分はこういうタイプだ」と感じていることの多くは、選んだというより、引き受け続けた結果なのかもしれない。
言っておきたいのは、それは悪いことじゃない、ということ。
引き受けてきたからこそ、いまの信頼がある。
ただ、役割と自分が、ぴったり重なりすぎていないかな。そこだけ、一度のぞいてみたい。
役割が行動を決める、静かな仕組み
困ったことに、身についた役割は、今も自動で再生される。
やってみたい仕事があるのに、「自分の役回りじゃないな」と手を引っ込める。
ほんとうは違う意見があるのに、まとめ役として場を収めにいく。
しんどいときも、「頼られる側」だから、と言い出せない。
これは「今のあなたの実力」とは、ほとんど関係ない。
脳が、うまくいってきたやり方を「これが安全だよ」と教えてくれているだけなんだ。
行動を決めているのは、今のあなたじゃなくて、これまでのあなたが積み上げた成功のかたち。
そう知るだけで、動けない自分を責める声が、少し小さくなっていく。
もし、役割を選び直せるとしたら?
ここでもうひとつ、聞いてみたい。
もし、いまの役割を一度わきに置いて、
自由に選び直せるとしたら──あなたは、どんな自分でいたい?
自分の意見から先に言う自分?
経験のない領域に、手をあげる自分?
まだ言葉にならない、ぼんやりしたイメージでもいい。
「変わらなきゃ」と力まなくて大丈夫。
脳には、「いつもの自分」を守ろうとする働きがあるから、戻ってしまうのは自然なこと。
まずは、「選び直せる」と知ることだけで十分だ。
“自分”は、これからも足していける
役割は、いつのまにか出来上がったもの。
でも同時に、これからも少しずつ、作り変えていけるものでもある。
いまの役割を、脱ぎ捨てなくていい。
その上に、新しい自分を一枚だけ足してみる。それくらいの気軽さでいい。
これまでの延長で、この先の自分を決めなくていいんだ。
きょうから、ほんの少しだけ。
自分に聞いてみてほしい。
「いつのまにか引き受けていた役割の中で、もう手放していいものはあるかな」
「これから、どんな自分を足していきたいかな」
答えはあいまいでかまわない。
「自分」は、今この瞬間にも、あなた自身の手で、少しずつ描き直していけるんだから。
