提出した企画が通り、3人の小さなチームで動きはじめて3週間。
現場の人たちと話し、試作を重ね、少しずつ手応えも出てきました。
それなのに、ある夜、ふとこんな考えが浮かんだのです。
「前の部署のほうが、楽だったな」
慣れた仕事、慣れた顔ぶれ、「困ったら○○さん」と頼られていた日々。
うまくいきはじめたはずなのに、気持ちだけが、元の場所を振り返っていました。
チームに入れた新しい進め方も、いつの間にか元に戻りかけていた
引き戻されていたのは、自分の気持ちだけではありませんでした。
チームを立ち上げたとき、「会議は30分、決めることを先に共有する」という新しい進め方を決めていました。
ところが3週間たつと、会議はまた1時間に延び、報告だけで終わる回が増えている。
誰かが怠けたわけではありません。みんな、気づかないうちに慣れたやり方へ戻っていたのです。
心と体には、いつもの状態を一定に保とうとする働きがあります。これをホメオスタシスと呼びます。
体温が上がれば汗をかいて下げるように、心も「いつもの自分」から離れると、元に戻そうとする。
そしてこの力は、個人だけでなく、チームにも同じように働きます。
引っ越したばかりの頃、帰り道でつい前の家の方へ足が向いた
引っ越しをした経験があれば、思い出してみてください。
新しい家に移ったばかりの頃、仕事帰りにぼんやり歩いていて、気づけば前の家へ向かう道を曲がっていた。
そんなことはなかったでしょうか。
体が覚えているのは、何年も通い慣れた道です。
頭では新しい家に帰るつもりでも、足は自然と、いつもの方向へ向いてしまう。
スーパーの場所も、ゴミ出しの曜日も、まだ体になじんでいない。新しい家での暮らしは、最初はどこか落ち着かないものです。
足が向くのは、もう引っ越したから
ここで、見方を少し変えてみます。
前の家の方へ足が向くのは、もう前の家に住んでいないからです。
同じ家に住み続けていれば、そもそも道を間違えることはありません。
「前の部署のほうが楽だった」という感覚も同じです。
それは後退のサインではなく、すでに新しい場所に移った証拠。
引き戻される感覚があるということは、あなたが確かに前に進んでいるということなのです。
新しい場所を、「帰る場所」にしていく
引っ越して数か月もすると、新しい家への道を、考えなくても歩けるようになります。
いつの間にか、新しい家が「帰る場所」になっているのです。
心も同じです。ゴール側の自分を描き続け、その自分として行動していると、脳が「いつもの状態」とみなす基準そのものが、新しい場所へ移っていきます。
基準が移れば、元に戻そうとする力は、今度は新しい状態を守る味方になります。
チームでは、会議の冒頭に「この事業で実現したいこと」を一行読み上げることにしました。
それだけで、会議は少しずつ30分に戻りはじめています。
前の部署を懐かしく思う気持ちを、無理に打ち消す必要はありません。
前の家にも、たくさんの思い出があるのと同じです。大切なのは、懐かしみながらも、帰る道を新しい家の方へ選び続けることです。
「元のほうが楽だった」と感じる日があっても、それは失敗ではありません。あなたが、もう新しい場所に引っ越した証拠です。
明日から5分だけ、試してみませんか。
最近、引き戻されたと感じた場面をひとつ思い出し、「これは、もう引っ越した証拠だ」と言い換えてみる。
繰り返すうちに、新しい場所が、あなたの「帰る場所」になっていきます。
次回は、「もう少し落ち着いたら」と、変化を先送りしてしまう心理についてお話しします。
