兼務で関わってきた新規事業のプロジェクト。
最初はアウェイだった会議にも少しずつ慣れ、「本格的に、こっちに移ってみたい」と思うようになりました。
意を決して、上司との面談で切り出します。
「新規事業のほうに、異動を希望したいと考えています」
上司は少し困った顔をして、こう言いました。
「気持ちは分かるけど……正直、君がいないと困るんだよな」
「君がいないと困る」に、うれしさと重さが同時に来た
その言葉を聞いた瞬間、二つの感情が同時にやってきました。
ひとつは、うれしさ。
何年も積み重ねてきた仕事を、ちゃんと見てもらえていた。
もうひとつは、重さ。
自分が抜けたら、チームに迷惑がかかる。後輩たちの負担も増える。
面談のあと、異動の希望を口にしたこと自体が、なんだか申し訳なく思えてきました。
教習車の補助ブレーキは、善意で踏まれる
運転免許を取ったときの教習車を思い出してみてください。
助手席には、教官用の補助ブレーキがついていました。
教官がそれを踏むのは、意地悪からではありません。危ない目に遭わないように、という善意からです。
挑戦しようとする人に届く引き留めの言葉も、これに似ています。
「君がいないと困る」は、上司が踏んだ補助ブレーキ。
悪気はなく、むしろ信頼の表れです。けれど、アクセルを踏もうとした足は、確かに止まります。
このように、善意から挑戦にブレーキをかけてくる身近な存在をドリームキラーと呼びます。
ドリームキラーは敵ではありません。多くの場合、あなたを大切に思っている人です。
同僚の「もったいない」、家族の「この時期に?」も、同じブレーキだった
振り返ると、補助ブレーキは上司だけではありませんでした。
同僚からは「せっかく今の部署で頼られてるのに、もったいない」。
家族からは「この時期に、わざわざ環境を変えなくても」。
どれも、こちらを思っての言葉です。
ただ、その背景には、あなたが変わることで、相手の安心が揺れるという事情もあります。
チームの体制、毎日の生活、これまでの関係。誰もが「いまのまま」に慣れているからこそ、変化にブレーキをかけたくなるのです。
気づけば自分も、後輩に「まだ早い」と言っていた
その週、後輩から相談を受けました。
「社内の企画コンテストに応募してみようと思うんです」
口から出かけたのは、「いまの案件が落ち着いてからでもいいんじゃない?」という一言でした。
言いかけて、はっとします。それは、自分が上司から踏まれたのと同じ補助ブレーキでした。
中堅になると、ブレーキを踏まれる側であると同時に、踏む側にもなる。
そのことに気づけるのは、自分が踏まれる重さを知っている人だけかもしれません。
言葉は受け取っても、ハンドルは自分で握る
大切なのは、相手の言葉を拒むことではありません。
**「聞いたけれど、採用しない」**という選択が、自分にはあると知っておくことです。
基準は、その言葉が自分をゴールに近づけるか、遠ざけるか。
感謝は受け取りながら、行き先は自分で決めていいのです。
「君がいないと困る」は、あなたが積み重ねてきた信頼の証です。けれど、それがあなたの行き先を決める理由になる必要はありません。
明日から5分だけ、試してみませんか。
最近言われて心に残っている引き留めの一言をひとつ書き出し、その横に「ありがとう。でも、自分はこうしたい」と一行添えてみる。
そして後輩の挑戦には、補助ブレーキではなく、「いいね、やってみなよ」と声をかけてみる。
次回は、自分でハンドルを握りはじめたときに陥りがちな「頑張りすぎ」についてお話しします。
