「これ、どうすればいいですか?」
「その件なら、○○さんに聞けば分かるよ」
気づけば部署の中で、そんなふうに名前を出されることが増えていました。
システムの細かい仕様も、過去のトラブルの経緯も、取引先ごとのクセも、だいたい頭に入っている。
困ったときに頼られるのは、正直、少し誇らしいものです。
そんなある日、上司から声がかかりました。
「新規事業のプロジェクトに、兼務で入ってみないか」
新規プロジェクトの兼務で、誰も自分を知らない会議に出た日
初めて出たプロジェクトの会議は、知らない顔ばかりでした。
飛び交う言葉は、聞き慣れない業界用語と略語。
部署ではすぐに答えられる自分が、ここでは質問するたびに、話の流れを止めてしまう。
会議が終わって自席に戻ると、後輩がいつものように相談に来ました。
すらすら答えながら、ほっとしている自分に気づきます。
「やっぱり、こっちのほうが落ち着くな」
ホームでは強いのに、アウェイでは足がすくむ
スポーツの世界には、ホームとアウェイという言葉があります。
慣れたグラウンド、聞き慣れた声援。ホームでは、選手は本来の力を出しやすい。
アウェイでは、同じ実力の選手でも、なぜか動きが硬くなります。
私たちにも、「ここなら自然でいられる」と感じる範囲があります。これをコンフォートゾーンと呼びます。
中堅にとってのコンフォートゾーンは、単に慣れた仕事だけではありません。「頼られている」という安心感も含めた、居心地のいいホームです。
脳はこのホームを安全な場所とみなし、全力で守ろうとします。
だからこそ、頼られる場所ができた人ほど、そこから一歩出るのが難しくなるのです。
「元の部署の仕事だけに戻りたい」は、脳が出した引き戻しの信号だった
兼務が始まって数週間。
「本業が忙しいので、プロジェクトは外してもらおうか」
そんな考えが、もっともらしい理由と一緒に浮かぶようになりました。
けれど、これは怠けでも臆病でもありません。
ホームの外に出たことを察知した脳が、「元の場所へ戻れ」と信号を出しているのです。
脳にとっては、たとえ成長につながる変化でも、「いつもと違う」こと自体が警戒の対象になります。
見方を変えれば、その落ち着かなさは、ホームの境界線を越えかけている証拠でもあります。
「3年後、どちらの場所でも頼られている自分」を思い描いてみた
そこで、プロジェクトを外れる前に、ひとつだけ想像してみました。
3年後、元の部署でも新規事業でも、「○○さんに聞けば分かる」と言われている自分。
すると、会議でつまずいた略語も、知らない顔ぶれも、「いずれ自分のホームになる場所の、最初の景色」に見えてきました。
心から望むゴールがあると、脳は居場所をいまのホームではなく、ゴール側に置き直しはじめます。
アウェイを、次のホームに変えていく
頼られる場所を捨てる必要はありません。ホームがあるからこそ、安心してアウェイに挑めます。
大切なのは、ホームの居心地のよさを理由に、新しい場所への扉を閉じないことです。
後輩に頼られる自分も、アウェイで質問している自分も、どちらも同じあなたです。
頼られる場所は、あなたが積み重ねてきた努力の証です。そして同時に、脳がいちばん手放したがらない場所でもあります。
明日から5分だけ、試してみませんか。
いま「アウェイだ」と感じている場をひとつ選び、そこで分からなかった言葉や仕組みを、ひとつだけ調べてみる。
その小さな積み重ねが、アウェイを少しずつ、次のホームに変えていきます。
次回は、その一歩に「いまの部署を離れるなんて、もったいない」と声をかけてくる、周りの善意についてお話しします。
